『私はマララ』パキスタンタリバンに撃たれた少女

私はマララ

『私はマララ-教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女』という本も出ていますね。

中から、気になる所を抜粋します。

「わたしの望みは、自分の子どもたちを教育し、パキスタンの子どもたちを教育することだ。」

「だが、国のリーダーの半分が嘘ばかりついていて、あとの半分はタリバンとつなかっている状況では、がんばるだけではどうにもならない。」

「だれかが声をあげなければならないんだ」(283)

「もしわたしがあなたの頭に銃をつきつけて、『イスラム教こそ本物の宗教だ』といったら、誰が信じるでしょう」(200)

「人々は神様に、わたしを助けてと祈ってくれた。そしてわたしは助けられた。それには理由があるのだ。

わたしには第二の人生をかけて、みんなを助けるという使命がある。」(391)

パキスタンでは、ベナジル・ブットと、ナワズ・シャリフが交代交代に、首相を歴任していました。

政治的なクリーンさ(ダーティーさ?)は、どっちもどっちで、暴力団と、ヤクザが、交代で、政権を担っているようだ。って言われていましたね。

のちに軍の大佐のムシャラフ氏が、クーデターで、政権をとり、民主的な選挙を行うはずでしたが、そのまま大統領になってしまうという感じでした。

「パキスタンでは、このままでは、クリーンな政治は期待できない」

という閉塞感が、マララさんのお父さんや、マララご自身のような、政治的な活動の原点だと思います。

マララ・ユサフザイさんのWikipediaのページはこちらです